2012.02.22 Wednesday

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2012.01.22 Sunday

泡としてのブログ

 まーーーーーーーーーーーーーーーーーーったく放置状態のこのブログでした。人の心の移り変わりは残酷なものですが、ブログという形でいざ目の前に突きつけられてみるとなかなか感慨深いものがありますね。とりあえずこの冬は『アマガミSS+』『あの夏で待ってる』『偽物語』を見てるとだけお伝えして雑草を抜いたことにしましょう。アディオス!
2011.09.22 Thursday

台風が、ゆく頃は

 ほんと、最近はまったく更新を怠っていますね。更新て、別に誰が待ってるわけでもないから全然構うことではないのですが。書くことはあるっちゃあるし、書くことなんてなくても毎日のように書いていた時期もありますから、なにごとにつけ人生は勢いとタイミングだなという印象です。

今日の台風は、ガッツリ東京にぶつかって去っていきました。知人は8時間ほど帰宅難民をやっていたようですし、なんだか半年前のことをイヤでも思い出してしまいます。それで半年前に書いた日記を読み返して、今こうして適当に日記を書き付けていると。半年か。半年が積み重なっていずれ人生は終幕の時を迎えるのだから、半年をもう少し大事にすればよかったなと思わないでもない。
2011.07.07 Thursday

おっさん天使

 読みかけの本の意味が全く分からなくて、気は重くなる一方でも放り出すわけにもいかず、気分転換とかいってゲームをやっちゃって時間食ってそのせいでさらに落ち込んで、今日は気鬱で最悪な一日だった。それでさっき、外の空気でも吸うかと思ってコンビニに出かけたら、近所のローソンの前でおじさんがひとりぽつんと、降りしきる雨の中酔ってぶっ倒れていて、その姿を見て僕は最悪とか死にたいとか軽々しく言ったらダメかもしんないと思い直したのだった。ローソンの若きアルバイト店員が警察に連絡してくれるというので託して帰宅。あのおっちゃんはきっとどうしようもない僕に降りてきた天使だった。あるいは撃墜された彦星。
2011.06.28 Tuesday

万国の非モテが団結するとき、非モテの王国が到来するであろう

 先週の火曜日ですかね、久々に剣道部に稽古に行って、稽古後、暇でもないんですけど退屈だったので、後輩の男3人と家で飲んでいたのですよ。でまぁ、僕を含めてその4人は揃いも揃って独り身の非モテで、そんな男たちが集えば自然そういった方向に話は進みますわね、酒も入ってるし。進もうものよ。

僕が23歳でしょ、2つ下のI、3つ下のN、そしてもう1個下のHという構成でしたが、僕が先月フラれ、Iは先月彼女をフり、Nは無口にもほどがあるのでそういった話はとんと聞かず、Hは大学に入ってからまったく浮いた話は無し、好きな子も無し、I曰く「手詰まり感満載」とのこと。あれ、非リア充ってほど非リア充でもない?まぁいいや。

で、もう完全に内輪の話なんで皆様には甚だどうでもいいことかと思うんですが、IとHはその前の日、もう1人の後輩Fと飲んでいたらしいのですわ。そのFくんというのが曲者?で、剣道部兼アニメ研究会、筋金入り箔付き熨斗付きのオタクであり、まさかまさかのウルトラCでアニ研の先輩女子をゲットするも光の速さでフラれ、IHFの3人で飲んでいたときも「リア充爆発しろ!非リア充の会を作りましょう!」的怪気炎を上げまくっていたらしいベタベタの非モテ。

ここでお断りを入れておかねばなりますまいが、うちの大学の剣道部は、一応体育会と名は付いておりますものの、然様な熱き魂を、少なくともここに挙げたメンバーたちが備えているとはとても思われず、僕個人としては大学の吹き溜まりみたいな場所だと睨んでるんですが、とかく問題のある人が大勢おりますですよ。別にことさら変な部活アピールをしたいわけではないんですが、なんていうのかな、やっぱ、男はいかにもモテなそぉ……な人間が多いですね。なんせ剣道ですからね。スポーツすら外でやりたがらないという、陽のあたる場所を歩いてこなかった男たち。踏まれてしおれる弱き草たち。考え無しの葦の群れ。

IHF会合においてFは、恋に悩む、正確には恋に悩めないことに悩むHに向かって「そんなんじゃエロゲーもできねぇよ!」と最高にワケの分からないアドバイスをぶちかましたそうである。こんな男にすら3つ目の次元をお与えになった神は偉大である。にしてもHにしたって、恋がしたい!って、まぁえらくかわいそうな話ではあるが、大学2年生にもなってどこのブリジット・ジョーンズだよという話でもある。

話変わってIは、絶賛留年中の大学4回生3年生であるが、なぜ彼女をフッたのか尋ねると、「もう少し広い世界を見てみたかった」とのこと。その選択はおそらく正しいと、諸所の事情を鑑みて僕は思うわけであるが、問題は今彼が見ている世界は限りなく灰色であろうということである。灰色の雨にうたれて溺れ死ぬのもいいと思う。たぶん世界は広いから。

Nは、絶賛留年中の3回生2年生。剣道に関しては、初心者として始めながら非常にまじめに取り組む姿が印象的であっただけに、留年の報を聞いたときは爆笑した。彼はほんと、尊敬に値するほど無口で、ひょっとしたらなんかのデータを取るために剣道部に潜り込まされた対人用ヒューマノイなんちゃらなんじゃないかと思わせてくれる。ちょっと喋ったとか、1年前より表情が豊かになったとか、そんなことで騒ぎになるガチ長門です。無口すぎて外国語の会話の授業についていけず留年したらしい。どんだけよ。そんな性格であるからして、そんなに不細工でもない彼に女の子が寄ってくることはない。本人がそれを気に留めているのかどうかすらよく分からない。人間とのコミュニケーションを完全に会得するのはいつの日だろうか。

こんな愛さざるべきダメ人間たちのことを思い返していて、僕はさきほどあることを思いついた。「宗教を立ち上げよう」と。

そもそもだ、なぜ恋をしなくてはいけないのか。なぜ必死になって(巨乳の)彼女を作り、豆乳キャラメルフラペチーノを飲み、愛し、抱擁し、踊り、泣き、それでも愛さねばならないのか。「命短し恋せよ乙女」と歌った男はとうの昔にこの世を去った。にもかかわらず、我々若き世代への「恋せよ」プレッシャーは軽くなることはない。しかし恋とはなんだ?愛とは?この体を流れる熱き血を愛とか恋とか名づけただけのものだろう?うんざりだ。今こそ万国の非モテは団結すべきである。

僕の考える宗教においてはですね、非モテたちが団結し、真に非モテとして生きるべく覚悟を決め、私利を捨て去り、いつも心にニルヴァーナ的な心境に至ったとき、超絶美少女「沢屋敷花梨」が我々の前に姿を現すんですね。沢屋敷花梨は、超絶美少女にして「無」であり、我々に対しその無を埋めよと呼びかけてきます。その瞬間、我々非モテの抑圧された感情は爆発し、元の木阿弥、非モテたちは捨て去ったはずの我欲(主に性欲)を解放し、すべてのリア充を地獄の炎で焼き尽くし、上昇気流に乗るピュイサンスにはっしとつかまって大気圏を突き抜け、超人と化すのです。もうめんどくさいので色々適当なことを言っていますが、一考の価値があるとかないとか。
2011.06.21 Tuesday

予言

 愚かな人間たちよ、震えよ!今日この日から6の月、6の日が過ぎ去り、6つの鐘が鳴り響いたとき、西の空から赤き火の舌が伸び、町を舐め尽す。山羊は罪をもはや背負いきれず、神を試さんと納屋に置かれた羊の毛は、明け方に血で染まる。駿馬は死に絶え、残るのは脚の萎えた驢馬ばかり。見よ、イナゴの群れが黄金の麦を食い荒らす様を。見よ、母が息子を殺し、父が娘を犯し、人が人であることをやめた世界を。愚かな人間たちよ、震えよ!

っていうギャグを考えたので、みなさん是非飲み会なんかで使って人気者になってくださいね!
2011.06.18 Saturday

 愛そのものはからっぽで、意味などない。だがその代わり愛は愛以外のものすべてに意味を与える。

ペレーヴィン『妖怪の聖なる書』p275
2011.06.16 Thursday

 ちょっと前は、自分で名言っぽいフレーズを作って遊んでましたけど、実生活で僕はあんまり名言というものを好んで吐いたりしませんし、座右の銘としてプッシュしたりするのも控えているつもりです(つもり)。それはどうしてかというと、なんのコンテクストも考慮しなくていいなら、名言っぽいことは案外誰にでも作れてしまうから。裏づけのない名言なんて、飾りです。昇れもしない塔のようなものかもしれません。海のど真ん中に突っ立っている美しい塔を岸からぼんやり眺めるのもそれはそれで悪くないけれど、やはり僕はどんなに大変でも、暗く湿って滑りやすい階段を一段一段昇って、塔の上から見たこともない海の景色を眺めてみたいのです。

ほら、なんとなく名言っぽい。
2011.05.30 Monday

男性性、あるいは遅れてきた五月晴れの日

 早起きとは呼べないけれど、午前中に起きて、今日こそはちゃんと勉強するぞと思っても、なんだか手につかない。色々あって、大学1、2年生の頃に戻ってしまったみたいな気がふとした。何をするでもなく、ひとり部屋で悶々としていた時期。でもあの頃より状況は悪いかもしれない。あの頃は、当然のことながら僕はまだ大学生で、先にまだ2、3年の猶予が保障されていた。友人も少ないながらいたし、恋もしていた。翻って今は、それらのほとんどが失われてしまったように思える。いやまぁ、別に友達が雲みたいに消えてなくなったわけじゃないですけどね、もう僕も一個下が社会人の年齢ですから、みんな安穏とはしていないんですよね。

だいぶ前twitterで変なことを言ってる人がいて、「たばことか酒とか、たしなむ必要はないけど、そういうものを受け入れない男は男性コミュニティの中ではハブられる可能性が高いことを覚悟しておけ」みたいな。なんでこんなに偉そうなんだコイツは、と思った。僕はタバコは吸わない。お酒は好きだけど、ひとりで部屋で飲んだりはしない程度(ということは、宴会が好きなだけ?)。それでもなんとかやってきたしこれからもやっていくつもりなので、タバコと酒の匂いが充満するマッチョなコミュニティが世界のどっかに仮に存在するとして、それにハブられたところで気にはしないんですが、さっきふと、そういうムチムチ体育会系的な発想を好まない自分は、なんだかいつも女の子にぼんやり憧れて生きてきたような、というと語弊があるのかな、そうだな、女性性というものに引っ張られる自分の中のよくわからない志向、エロというのとは全く異なる力を感じながら生きてきた、そんな気がしてきたのだった。男が好きとか女になりたいとか、そういうんじゃなくてね、もっと曖昧な感情なんだけど、男性性みたいなものと、もっとこう、気楽についたり離れたり付き合えたらいいのになという。そんなことは不可能なんでしょうね。だから例えば『素粒子』のミシェルは人類をあるひとつの意味で破壊しなくてはいけなかった。『プラットフォーム』のミシェルは南の島で絶望の余生を送る。『闘争領域の拡大』の「僕」は?彼を何が待ってた?死だ。ほんと、尋常じゃないほど僕はあなたたちに共感する。
 
男性であることが、時々、ほんと時々だけど、めんどくさくてしょうがない。ジークムント・フロイト『エロス論集』、性対象の倒錯は必ずしも病的なものとは言えず、「性欲動は最初は、性対象とは独立したものではないだろうか」と。男性的≒能動的、女性的≒受動的、という区分(性格がどうこうという話ではないです、念のため)。さっきも言ったけど、僕は性対象の話で言えば、ストレートですよ。でも、だからなんだと?いや、すみません、喧嘩じゃないです、ごめんなさい。でも……男だ女だっていう言い方に縛られて不自由に生きてるのはね、女性だけじゃないです。いやもちろん、社会制度の不均衡は現在圧倒的に女性側に不利に働くっていう事実は認識しているつもりですよ。この前社会人の女性の先輩と会って話をしてたんですけど、やっぱり、女性であるということが現在の日本で働く上で大きなマイナスになってることは否めないなと改めて実感しました。でもそれはそれ、それとは別の話、もっと、こう、青くさいこといえば「実存」?みたいな?こと?そういう点で、僕は、男性やってることに時折疲れる(そういうのにどっぷり浸かってるわけじゃない僕でもですよ)。男性性というものが能動性であるなら、僕は僕からその能動性を取っ払いたい、鬱陶しい。女性的に抑圧されたリビドーってもんがあるならこの身に一度授けてみてほしい、脱着可能な形で。タバコと酒の世界に近づくと嘔気がする。「俺」からも「僕」からも逃げたい、新しい僕だけの一人称が欲しい、とかいったら中2とののしられる可能性もあるね。ずっと「僕」って言ってるしね。でもさ、こういうこと取り留めのなさ過ぎる戯言を、修士2年生が喋ってても、まぁ、こういう場なら許されますかね。ますよね?許されてほしい。許して!!!




要はね、フラれたんですよ今月。
2011.05.21 Saturday

 言葉にならなかった。これが本当の「善悪の彼岸」。今初めて私は、マルキ・ド・サドが彷徨っていた破滅的な深淵の様相を理解した。この作家が、ずっと私には滑稽で高慢な人間にしか思えなかった。違う。サドは決して馬鹿だったわけではない。単に、自分が見た悪夢の本質を描き出すに足る上質な言葉を持ち合わせていなかっただけなのだ。そして、私にはその理由が分かる。人間が用いる言語の中に、そんな言葉はない。

ペレーヴィ ン 『妖怪の聖なる書』 p176 
2011.05.20 Friday

兄よ……

 『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』見てます。とっても面白いですね。結局ちゃんと見てるのはこれと『花咲くいろは』と『シュタインズ・ゲート』だけになってしまいました。ところでこの前twitterにメアドによる知り合い検索機能ってのがあるのを知り、試しにやってみたところ、なんかオタクっぽいやつがデデーンと登場して、知らない人出てきたぞ!と思ったんですが、よく見たら兄で、『あの日見た―』の話をしていて、血は水よりもさんざめくということを実感した次第である。

『あの日見た―』、まぁ大した感想ではないですが、『お前処女なのか?』とか『ラブホ顔』とか『頼めばヤラせてくれんじゃね?』とか、そういうセリフの織り交ぜ具合の自然さが、性(セックス)をネタ、記号化して楽しむ類のアニメとは一線を画していて、この点において一線を画しているという事態が、いわゆる萌えアニメの主人公が処女かとか、もっと言えば声優が処女かとか、そういうことが議論される事態の特殊さを浮き彫りにしていやしないかと考えていたところ、萌えの王の逆鱗に触れ、100000匹の蛇が蠢く穴に突き落とされるという憂き目にあったのであった。蛇が袂にもぐりこんでくる!もう許してください!